ドラゴンスネーク(ソロモン諸島奇譚)
- tangosaito
- 2022年9月18日
- 読了時間: 24分
(元サイト:The Dragon Snake)
この元RAAF(王立オーストラリア空軍)のエンジニアの経験した事は、ソロモン諸島に住む人達の経験した未確認飛行物体と異星人との長い歴史の中で得た知識と共に、隠されたUFO基地を探す切っ掛けとなりました。

【この話の著者について】
オーストラリアのマリウス・ボイラヨン(Marius Boirayon)は、第二次世界大戦中期のマキ(レジスタンス)の指導者の息子で、パプアニューギニア高地のハーゲン山で育ちました。その後、オーストラリア空軍でオーストラリア奥地で航空機やヘリコプターのエンジニアとしてのキャリアを経てて、その後、1995年にソロモン諸島に住む事にしました。
マリウス氏は現在、UFOやその他ソロモン諸島の謎を調査する為に資金を集めています。
1.序章
私達は、ソロモン諸島のニュージョージア諸島の白い砂浜とヤシの木のある美しい、トロピカルアイランドで生活するために、必死にガダルカナルの新しい宿泊施設を探していました。
私の親友であるジョセフは、できればボニアラ地域周辺にある家を見つけようと、手伝ってくれていました。そこに住みやすい住宅が無かったのですが、私達のために探してくれました。
ジョセフは自分の住んでいる村にある家を教えてくれたのですが、私は白人なのでそこは合わないと思っていたのですが、彼はその様な変な考え方はやめて、実際に見てみる事を進めてきました。私はジョセフの住んでいる村を知っていましたが、それはボニアラから海岸に沿って約70キロほど移動した時に、その家に着く事が出来たのです。
エスペランス岬に到着すると、ジョセフは村の東端にある趣のある木造建築の家を湯に差しました。その家にはベッドルームは3つあり、セメントで出来た床とトタン製の屋根で近くには芝生があって、誰でもそこから美しい島の海の景色を眺める事が出来ました。外には山の湧き水を引いた水道の蛇口とシャワーがありました。
その家には電気が引かれていなかったのですが、私は発電機を持っていたので気になりませんでした。この家以外に選択の余地があまりない事もあって、私はこの家に住む事に決めたのです。私がこの家を様々確認していると、大屋で離婚した女性が到着したので、翌日にはこの家に引っ越す事で正式に契約しました。
翌日の午後遅くに、私達は6トン車のトラックで家に到着し、家財道具をすべて家に下ろしました。私達はこの地域にする唯一の白人でもあったので、多くの村人の人々から注目されました。
その夜、家の周りに幾つかの蛍光灯を設置して、発電機を動かして、ジョセフと数人の友人達を交えて一緒にビールを飲んで寛いでいました。
その夜遅く、その地域について詳しく聴いていた時、ジョセフはこの地域にいる「ドラゴン・スネークには気を付けなければならない」と語ったのです。
「ドラゴンスネーク?ドラゴンスネークとは何ですか?」
その名前は聞くだけで背筋が震えてしまいました。
彼らはそれが夜中に山から出て来て飛び回るのだと言うのです。そしてそれは鋭い赤い目をしていて、この地域では何世代にも渡って恐れられていると言うのです。そしてそれにより人が行方不明になったり殺されるともいうのです。
「それはどういう事なんだ?」
私はそう思いました。
私がここでしたかった生活とは、リラックスして穏やかに素敵な熱帯の上で釣りをする事だけでした。いま、私はいくつかの神話の「ドラゴンスネーク」と戦わなければならないのか。私はその事について考える事をやめ、彼らの迷信の一つだと考え、その話はそれで終わりにしたのです。
2.初めてのUFO目撃
この地域へ引っ越しをして数日が過ぎ、少し落ち着き始めた頃の事です。
私はここで釣りに熱中し、美しいサンゴ礁の海で沢山の魚を釣り上げていました。友人のジョセフは村でも知られた優秀な漁師でした。ある時、彼は松明で夜釣りも簡単に出来ると言うので夜釣りをする事を決めました。そこではジョセフはヤスで漁をしていて、私は何本かの釣り糸を垂れて、どんな魚が捕れるのか様子を見る事にしたのです。
ジョセフが漁を終えてカヌーで海から上がってきて、大量の魚に持ってきた時、私はCi-Ciと魚を洗っていました。

私達がどれだけ魚が獲れたのか確認していると、ジョセフは突然私達に注意をする様に言ってきました。
「そこ!そこ!そこ!ドラゴンスネーク!ドラゴンスネーク!」
彼はビーチの右側を指さして来ました。
私はビーチを見た時、その光景を信じる事が出来ませんでした。
約1キロ離れたところに、非常に明るく光る白い物体がゆっくりと海面の上を飛んでいたのです。私はこれが本当なのかを自問しました。私は妻のミリアムに双眼鏡を持ってくる様に言いました。星のような、明るい物体に焦点を合わせた時、それが約60フィート(18メートル)の円形であり音を立てていません。私はそれが海に消えるまでの数分間見ていました。
ジョセフは私に約10分程待つように言いました。そうすれば再び出てくるのが見えると言うのです。そしてそれは海から出てきました。海から出て来た時には、入った時の2倍は明るく輝いていました。私達は双眼鏡でその光景をココナツの木の天辺で観察し続けたのです。
この経験に多少驚き、私達は家に戻り早朝までこの「ドラゴンスネーク」について語り合いました。彼らはもし一晩でもそれを観なかったなら、その次の晩にそれを高確率で見る事が出来ると教えてくれました。彼らの言葉は正しく、実際、七か月の間にこれらの目撃が六十回に達した時、カウントする事を止めるほどでした。
私はこの物体について話をする中で、ジョセフとCi-Ciに宇宙の構造について説明をしました。そして彼らにタイムライフの本にあるUFO写真のコピーを見せて、これが「ドラゴンスネーク」であり、白人は「UFO(未確認飛行物体)」と呼んでいると言いました。彼らは生涯に渡りこの事を迷信で恐れており、その事について理解していませんでした。彼らはこの話にはとても驚いていたのです。
しかし、私のその事については多少の恐怖を感じていました。
この目撃例は、六十回を遥かに超える目撃の最初のものでした。私はこの目撃が続く間、ガダルカナル北西部のUFOの滝の固定を調査したり、後に摩雷太の中央東海岸と中央にあるという小さなUFO基地を調査しました。この最初の目撃は、私の地球外生命体の存在についての考え方を完全に変えました。少し調べてみたところ、このドラゴンスネークが一世紀以上もこの地域にいた事が明らかになりました。
私は地球に生息する地球外生命体の事について、リアルな観点からこの事を考え始めました。ガダルカナル島とマライタ島での地球外生命体に関する広範な調査により、これらの「眼に見えない」エイリアンは、ガダルカナル島とマライタ島の人々に対して受け入れる事の出来ない、非友好的な行動を取っている事が明らかになりました。実際に幾つかのあからさまな誘拐事件や殺人事件もありました。
この為に彼らは友好的とはみなされていません。
例えば私の現地の友人の祖父は、1900年代初頭にこれらUFOの1つによって焼き殺されていました。幾つかの別々の情報からこの事を私は確認しました。それらの島々では数えきれないほどの、恐ろしい話を聞く事が出来るのです。
3.地図にUFOの行動を記録する
それからの2週間で、最初にUFOを目撃したと同じ場所でさらに3回、UFOを目撃しました。そしてこれには私自身大いに疑問を抱きました。
・常にUFOは何を目的として海に潜航するのか
・そして潜航している時、UFOはどこへ行っているのか
この村の目の前の海は、第二次世界大戦で連合国軍が日本海軍と戦い、連合国側では最大の船の損害を受けた場所です。
この戦闘では、オーストラリアの重巡洋艦であるHMASキャンベラ、またアメリカの重巡洋艦のUSSシカゴが撃沈されました。それは悲劇的で多くの兵士が命を失いました。実際、タイタニック号の残骸を調査したドキュメンタリー番組で使用した潜水艇を使って、この撃沈された戦艦の調査が行えたら本当に良い事だと思います。
その数日後、ジョセフと私はホラニアへ行き、エンジン付きのグラスファイバーボートを入手しました。私達はそこにいる間、これから実際に行き調査する場所に関する情報を得る為に、歴史博物館を訪れました。そして驚いた事に、HMASキャンベラやUSSシカゴが沈んでいる場所とまったく同じところで、UFOが水中に消えた事がわかったのです。
これは単なる偶然ではない、少なくとも私はその様に考えました。
当時、私はこれら幾つものUFOが飛び回っている事を知りませんでした。その理由がUFOがこれらの古い軍艦に非常に興味を持っているとしたら、それがとても不可解な事だと思いました。
この戦艦に残っているか火薬量について憶測した事は覚えていますが、なぜこれらエイリアンが単なる火薬を必要とするのか疑問を持ちました。これらのややこしい出来事やミステリーに対して私は好奇心が掻き立てられ、独創的な計画を立案する事にして、この地域の近くにある役所へ行き、ガダルカナル島北西部の二万五千分の①の地図を購入しました。
こういった私がしている間、ジョセフの妻は十番目の男の子を出産していました。二十代の夫婦にとってこれは驚くべき事だと思いました。
生まれた子供の洗礼は、次の日曜日に行われる事となり、ジョセフと彼の妻は、私にちなんだ名前を彼に付ける事にしました。村の教会で日曜日にミサを開催する事は、ジョセフの役割でもあり、ジョセフは全くうまくやりました。
この時に五人の赤ちゃんが洗礼を受ける事になっていたので、ホニアラ出身の白人夫妻の司祭が式典を行う事になりました。私はこのイベントのためにホニアラから豚を2頭購入し、地域の2人の首長に招待状を送り、彼等は私の庭先の芝生で開催される祝宴のために私の家に訪れたのです。
洗礼式は滞りなく終わり、2人の首長とその仲間たちが到着した頃には、豚はホットストーンのオーブンで調理されていました。この祝宴はかなりの賑わいで、町のカトリック司祭は私と話をして、私がどの様な宗派に入っているのか、聞きとる事に大変苦労をしていました。
カトリックの司祭が去った後、私は二人の首長の所へ行き、彼等に敬意をはらいつつ自己紹介をしました。そして彼らと話している中で、私はドラゴンスネークについて話を切り出しました。私は彼等なら知っていると考えていたのですが、それは当たっており、首長は多くの事を語ってくれたのです。首長の兄弟の一人は、彼がまだ幼い事にドラゴンスネークに殺されたと語りました。そして彼等は私に幾つかの殺害と誘拐事件の話をしてくれましたが、これらはUFOが私達に友好的な存在では無い事を確信させました。彼等UFOが世界の他の場所では友好的であったとしても、この場所では友好的な存在では無かったのです。
私は家の中に行き、地元の地図をもって戻り、ドラゴンスネークの「基地」がどこにあるのか、彼等に聞きました。
案の定、彼等はそれがどこにあるのかを知っていました。彼等がこの地図を理解するのに時間がかかったのですが、彼等はその地図上で私にその場所を教えてくれたのです。それはポポリ山の近くの名前の無い山で、便宜上、「ドラゴン山」と名前を付けましたが、それあCrwo Filesから内陸に八キロほど入った辺りでした。
彼等は私に、その場所には大きな滝と、その下には水が落ちる湖があると言いました。そして彼等はそこの湖の中にドラゴンスネークが住んでいると語りました。
マウントドラゴンについて更にしらべてみると、川の水源にある山には小さな湖がある事を確認できました。これらを教えてくれた人達は、地図の事を全く理解できない様ですが、彼等の説明には信頼性があると思いました。
彼等の話す事が真実であるならば、そこから私の中にはより多くの疑問が沸いて出てきました。この滝の下にある湖の底には何があるのか、そしていくつのUFOがあるのか?これらの事は何やらSF映画の様に思え始め、私が自分が行っている事はまともな事なのか疑問しら持ち始めましたが、それらの疑問については考えないようにしたのです。
この疑問については、他の人にも伝えなければならないと思いましたが、一体誰に言うというのか、また誰がこんな話を信じてくれるのか?この話は誰も信じてくれないかもしれません。しかしこれを証明する為に必要な事は、ガダルカナル北西部に行って、自ら地元の人々に尋ねる事しかないと思いました。
これを読むあなた方は、私がここで見つけた事に、驚かれる事でしょう。
4.間一髪と文化的な証拠
ある朝早く、ジョセフが私の家に来て、彼が知っている漁師が二晩前にUFOにより負傷して病院に入院している事を教えてくれました。その漁師は私達の村から三キロ東に行ったところにいる人だと言い、私がどんな怪我をしたのかを聞いたところ、彼は全身に火傷を負っている事を教えてくれました。
妻のミリアムは家族に会いたがっていた事もあって、私達は町に買い物に行く事を予定していたので、その時に病院に行って、この漁師に面会する事にしました。
ミリアムを町に降ろした後、ジョセフと私は漁師が入院している病院へ向かいました。病院で漁師を探し尋ね、彼のいる病室へと辿り着きました。
彼は頭からつま先にかけて包帯でグルグル巻きにされていて、痛みに苦しんでいた様ですが、痛み止めを投与され、ジョセフはガダルカナル語で彼と話を初め、何が起きたのか正確に聞き出そうとしました。
彼(漁師)は午前三時頃にグラスファイバーのボートで釣りをしている時に、ドラゴンスネークが飛んでいるのを見て、馬鹿な事にトーチをフラッシュし始めました。ドラゴンスネークは彼の頭上へと直ぐに飛んできたのですが、彼はパニックになりボートのエンジンを始動し、ドラゴンスネークから逃げようとしたのです。岸に向かい彼は船をジグザグに走らせたのですが、ドラゴンスネークは彼を追ってきました。ビーチでこの様な状況の時、ドラゴンスネークは彼に何らかの光を放ったのですが、それは彼の一分に当たったと言います。
彼の19フィート(6メートル程度)のグラスファイバーボートをその後調べてみると、ボートの内部の塗装の一分が焦げているのが確認できました。
彼は、ボートをビーチの押し上げて茂みの中に逃げ込んだ時、ドラゴンスネークが彼の後を追ってきて、木の陰に隠れた彼の上に浮かんでいたと言います。彼が木の反対側に移動してもドラゴンスネークは移動してきたそうです。その時、彼は文字通り跪いて、両手を前で握って神に祈り始めたといいます。そこでドラゴンスネークはどこかへ飛んでいきました。彼はその後、躓きながらも自分の村に戻り、病院に運ばれたと言うのです。
それは信じられないが本当の話でした。彼には私達に嘘をつく理由がありません。この種のUFO遭遇は、過去一世紀の間、この地で幾度も起こっていますが、奇妙な事に、報告は真剣に受け止められていません。
病院を出た後、私達は親戚の家に行き妻のミリアムを迎えに行きました。私は義父のジョンと、いわゆるドラゴンスネークの問題について話題にし、白人の中でも幾人かは、他の世界のエイリアンがこのタイプの飛行物体を操縦していると信じている事を説明しました。私は義父のジョンに彼らがどの様な姿をしているかを説明し、それは大きな頭、大きな目、四本の指に透明な肌である事、また身長が4フィート(1メートル20センチ程度)である事を話しました。
彼はソロモン諸島の文化博物館に、そのような種の存在について移した写真が掲載された本があると言いました。驚いた私がジョンに、その本を見せてもらえるように町に同行してもらえるかを尋ねました。
博物館に到着して、その本について検索すると見つかりました。それは15ページの本で、テレビで良く見慣れているエイリアンの14の詳細な手書きスケッチが載っていました。ガダルカナルの島民は、この奇妙な生き物の目撃証言から、博物館の為にこのスケッチを編集したと言います。
この本の最初に書いてあるのは、このスケッチの生き物がソロモン諸島の神話上の存在であるとありました。私が知りたがったのは、ソロモン諸島の人々が、これら種類のエイリアンについて何か知っているのか、彼らの99.9%が白人のメディアで取り上げられている重要な記事を一度も見ていないというのか、という事でした。昔の部族の人々は、夜空に輝く星は空のピンであり、地球は平らであると考えていたのです。
当時の私にとって、これはも一つの不可解な謎になりました。
私はミリアムを拾い車に乗せ、家に帰るドライブの途中でジョセフに、彼やCi-Ci、そして弟のベンが漁をしている間にUFOに出会った時間を教えてくれるように頼みました。彼はそのうちで三人がUFOを真夜中頃にドゥゴ―トに居た事を教えてくれました。そしてそれは、はじめそれぞれ50メートルくらい離れていたと言います。
それぞれ漁をする人に興味があるかの様に、UFOは彼らの上に一分間ほどホバリングしてから、3人ともすべて最終的に海岸に到着するまでの間、1キロメートルにわたって追跡されたと言います。そしてサンタイザベル島に向けて信じられない位の速さで飛んでいったと言います。ジョセフはこれらの話を面白いと言いましたが、これには重大な側面がありました。
5.現実的になっていく
その次の週、私は前の週に出会った出来事について熟考をしました。私はこれら全ての現象を経験した初めての人間であった事に気付き、私の立ち会っている状況の独自の重要性を認識する事が出来ました。
私はUFOとドラゴンスネークの類似性に初めて気づいたこの地域に住む人間でした。また私は知る限りにおいて、これらの疑いについて更に調査を進めて確認をする必要があると思いましたが、それは隠されたドラゴンスネーク(UFO)の基地について可能性を推測する初めての白人であったに違いありません。この種の異常な出来事は、私の敏感な倫理感覚にショックを与え始めていましたが、実際には更に予期せぬ出来事に遭遇したのです。
こういった目撃をする前まで、私はUFOの存在に対して幾分懐疑的でしたが、その立場は劇的に変化をさせられました。
またこの問題について、更に調査を進める事で起きるであろう結果も理解していました。この出来事はとても否定できない事でしたが、幾つか否定的な要素もありました。その一つに私の貴重で平穏な生活への影響です。
私は当初、若くて早く退職し、ソロモン諸島で平穏な生活を楽しむつもりでした。この様にUFOを追いかける事など考えても居ませんでした。しかし元軍人として、このUFOが何千人もの自由のために命を失った大きな戦争で撃沈した船の近くに絶えず出入りしているという事実を無視できませんでした。このUFOが戦死者の墓を荒らしている様にも見えたのです。
この考え方は、数週間もの間、私の心に重く圧し掛かっていたのです。
しかしある夜、私が釣りをしていた時、私の迷っていた心が変わりました。私はUFOがUSSシカゴの難破船の近くの海に潜航し、そして再びより明るく輝いて出てくるのを見たのです。私の方向に向かってくるUFOの灯りを見た時、私はそれを双眼鏡でしっかり確認しました。三角法の観点から見ると、UFOが視界を遮っていた為に、難破船を見る事が出来ませんでした。しかし私の視野にはUFOと難破船の両方があったのです。
約三十秒後にUFOは直ぐに消えて見えなくなりました。
UFOはどこにも行っていない様に、単に明かりを消したかの様にして消えました。双眼鏡から目を離しましたが、UFOが瞬時に加速したのか、それとも自分自身を何かで覆い隠したのかは判りません。UFOはそれを見ている原住民の事は気にかけていない様に見えました。しかし実際にUFOを知っている可能性のある人を見た時に、どの様な事になるのか気になりました。
私が嫌いな事が一つあるとすれば、それは卑劣になる事です。
何れにせよ、私は決心してこのドラゴンスネークの動きを偵察して情報を収集する事にしました。兵士のモードに切り替えて今後の計画を立案して就寝しました。
UFOに隠された出来事についてその後の調査により、この事はこの地域に住む全ての人には一般的に知られており、ドラゴンスネークに関する事は、迷信の一部になっている事が明らかになりました。ドラゴンスネークの突然の「消失」については、ここではあまり多くの話があるのです。
6.ドラゴン山への遠征
翌朝、私はジョセフの家に行き私の計画を彼に伝えました。私の目的は、UFOの動きを観察が出来る様に、夜中、視界の高い位置に自分の身を置く事でした。
地図を広げつつ、この事が可能ば場所があるか、地域で調査を開始しました。
「ドラゴン山」のある場所から、UFOが山を越えて飛んでくるのを、相手に見つからずに出来る海岸への道は本当に一つしかありませんでした。それはドラゴン山を過ぎて北方向に走る5キロメートルの谷を経由するというものでした。その方向に数キロメートル東に住んでいる人々との話から、私はこの事を確認しました。その日の午後、適切な位置をエリア内で探したのち、全ての条件を満たし行く事の可能な800フィート(240メートル程度)の山を選びました。そして私は家に帰り、この任務に必要なものの準備に取り掛かりました。
翌日には必要な機器をすべて集め、念のために30ショット、7.62mmとショットガンも準備しました。また野生豚にも鉢合わせする危険性もありますが、それに不安はありません。妻は私のこの行動に感情的となり、激しい口論となってしまいました。
ジョセフと私は、午後八時に出発し見晴らしの良い場所へ移動しました。UFOは午後十時から午前三時の間に出現する傾向性があるのが解っていましたので、車を茂みに隠し、トーチライトを点けて山頂を目指しました。山頂では270度の視界が開けていたので、完璧な場所である事はわかり、山の向きもあって、私達は東側を向いていました。
私達には左にある海と、右にある谷の入り口がはっきり見えるので、UFOが出現した時に見逃す事はありません。
夜中に座り、時間を過ごすためにビールを飲みながら待っていると、午前二時三十五分に谷の入り口を出るUFOの光がかすかに見えました。私とジョセフはとても興奮しました。双眼鏡でUFOを観察していると、それがかなりの速度で私達の方向に向かって移動しているのに気づきました。これは後に計算して約100ノットの速度と推定出来ましたが、0.5キロの距離で300フィートの推定高度を1分程度で接近してくるのをずっと見ていました。
このUFOが私達のとこを通り過ぎると、すぐに左に瞬間的に45度急旋回し、驚異的な速度で加速しました。私は双眼鏡から目を離し、UFOの光が海面近くを移動して、数秒以内に地平線上に消えていくのを観ました。
このエピソードは七年後の今日に思い返しても、とても驚異的な体験でした。
全ての努力が報われました。この目撃で私が知りたい多くの事が確認できました。このUFOは間違いなく、その谷のどこからか来たのがわかりました。これは二人の首長が私に語った情報が正しいという事を証明する事も出来ました。
当時、私に残された行動はたった一つ、それは私が谷に行ってドラゴン山まで遠征し、このUFOをフィルムに記録するという事だけでした。しかし私のお金の殆どは生活に必要なもので、二週間に一度の軍事年金で賄われていたので、私が遠征を進めたいと思っていても資金が不足していたのです。
行動するのに必要な機器はほとんど持っていました。しかし夜に映像を撮れるビデオカメラはまだ持っていませんでした。私はコダックインスタマティックを持っていましたが、夜の撮影には役に立たず、この撮影に必要なカメラは持っていなかったので、ジレンマの状況となっていました。私が相談できる白人は一人しかいません。でも彼はビデオカメラを持っていませんでした。私はカメラを借りる事は出来ませんでした。数週間経過して、UFOを見るたびにビデオカメラが無い事に、次第に不満を私自身募らせていました。
数週間ほどたった午前三時、ジョセフと私は家の外の草の上に気付いた時、ココナッツの周囲に火を焚きました。私達のその行動を見て、UFOはゆっくりと動いてきましたので、それを観察しました。
そのUFOはどんどん近づき始め、私達にはそれが私達を飛び越えるだろうと思われました。次第に近づいて来たので私達は家のドアに移動し始めました。ジョセフと私はUFOが近くの木々のテッペンの上を飛んだ時、ドアの所に立っていました。その時白い光が輝いて、数十個のアーク溶接機の光が一度に輝いた様になり、エリア全体を照らしました。
肉眼で飛行体の球体をはっきりと見たのは、これが初めてでした。それは不気味さを通り過ぎたのですが、一切音を立てませんでした。実際にこの時、私達は何が起きているのか、互いに声でコメントをしあいました。そしてそれが過ぎ去った後、木の上に消えていくUFOを見るために走りました。ジョセフはこういった事を経験していましたが、私は初めての経験でした。
この事が落ち着いた後、ジョセフと私はドラゴン山へ行く事にしました。ビデオカメラが無くても、この山の滝の下にある湖が本当にUFOの基地なのか、確認しようと私は決心したのです。
この頃、私は重い荷物を抱えているかの様に、無意味な無気力感と憂鬱な気分に支配をされていました。これはすべてこれらの事が現実生活への影響に対して、私が常に自問自答していた事によるもので、高性能カメラが入手困難であり、この調査に関して情熱を失いかけていた為でもありました。この事は誰にも理解されず、また自分も誰かに説明出来ませんでした。それは千人の群衆の中にいて孤独でいる様なもので、私は自己分析をする時間が必要な状況でした。奇妙な事に、私はこの落ち込んだ事について、その日時は忘れない様に記録しておくべきだと感じたのです。
7.マライタ島にあるUFO地下基地
1996年、1997年、2002年のマライタへの遠征から、重要な調査結果について共有したいと思います。
誰も信じないでしょうが、NASA(またはその関係者)は1961年の段階でマライタ島の東中央部にあるUFOの地下基地の居住者(異星人)と最初に接触をしました。これが今日、彼らが所有している高度なテクノロジーを部分的に得始めた時でした。この情報はBlack Mainによる情報です。
これは有名な地質学者であるグロファー氏が1958年から1960年の間に、この地域で数回の探検を行っていた時、このUFOを見て英国(当時の占領国)に報告した為だと言います。
どうやら1961年にNASAから来たと言う白人が、島のその付近を訪れ、彼の妻の親戚にUFOの地下基地の入り口に案内する様に依頼してきました。彼はその地域に住んでいるクワイオ族の女性と結婚した唯一の白人です。このNASAの男性は1週間後に戻ってきて、彼の妻の親戚に、この場所へ案内してくれるように、更に以来をしてきました。
クワイ島(クワイオ族とクワラエ族の居住地の境界線にある)の北と、ナモ島の南にある、10メートルの深さにあるサンゴ礁の中に、直系50メートルで底無しのリーフがあります。マライタ島の中央東でエレエレ。シンガラング港のやや南にある場所です。UFOは、ほぼ毎晩そのサンゴ礁に出入りするのを見る事が出来ます。
私の友人は、日中にUFOがこの穴で釣り糸を垂れるのが好きです。何故なら、彼らは海の危険な場所に出なくても、その穴で大きな魚が豊富にとれるからです。友人たちは100ポンドで200メートルを超える釣り糸を垂れましたが、それでも底を打つことはなかったそうです。
私はこの穴がその上でホバリングする巨大な宇宙線によって、何らかの理由で近くに大きなレーザーを発射して作られたと考えています。
マライタ島では、その円形のリーフの入り口から、約3から4マイルほど内陸にある湖がつながっている様です。少年が夜釣りに出かけた少年達が、このどちらか一方からUFOが入り、もう一方から出てくるのが目撃しています。
夕暮れ時にこの湖から出て来たUFOは、私の親友の祖父を焼き殺しました。そしてこの事はその地域に住んでいる人であれば、誰でも知っている事です。エイリアンは過去何世代にも渡り、地域の人達に恐怖を植え付けていて、多くの人達が行方不明にもなっています。
マライタ島のクワイオとクワラの地域では、山中のジャングルに3つの入り口があり、これら「光の玉」タイプのUFOが出入りする場所が知られています。これらの入り口は個々にある拠点ではなく、全てはつながっていて、島の下に一つの大きなUFO基地が構築されていると、私は信じています。この説は間違っているかもしれませんが、彼らがこの島に居る理由の一つとして、火山島の地下にあるキンバーライト岩を採掘している事と考えています。
私の妻の親が持っている宝石は、ダイヤモンドの比重よりもはるかに高い比重を持ち、光を当てると石の中心に鏡像が見えるほどの屈折率を持っています。かつて私はこの特性を持つ32.4カラットの「ETストーン」を持っていました。これらユニークな宝石へのエイリアンの関心を裏付ける、古い民話がいくつかあります。
さらに島の上部とその下のエイリアンに見られるラモ(巨人)文明の名残があり、これらはつながる可能性もあります。そしてこれはガダルカナル島でも同様なのです。
私もスモールマライタ(南マライタ島)の滝の下にある湖のUFO基地を、彼らの活動を目撃して見つける事が出来ました。地元の人達にも聞いてみてください。ただし、北向きにあがり南マライタ島を右手に見て、メインタウンであるAffiouから約3キロメートル行った処で、そこから数キロほど行った山のジャングルで彼らが出入りするのを見る事が出来ます。ほどバイ版、道路にそって颯爽とさりげなく飛んでいるのです。
ソロモン諸島に住む多くの人々は、下に大きな丸い光があり、進むにつれうなるようなフラットがエイ型のUFOについて話をしてくれました。彼らはそれがジャングルの上を低く飛んでいて、漁をしている場所の近くの海から浮上しているのを見ています。このUFOが村の近くに着陸し、その中から(白人や黒人の)人が出て来て、彼らは奇妙な灰色のユニフォームを着用していると言います。この話は世界の他の場所でも見られていませんが、そこから独自の推測を行う事が出来ます。
それでもここが「UFO基地」というには、マライタ島であるべきです。
気を付けて、この話は私だけが知っている事です。
感の良い人は、ソロモン諸島に何があるかを理解できるはずです。
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