ソロモン島の巨人たち(ソロモン諸島奇譚)
- tangosaito
- 2022年9月19日
- 読了時間: 47分
これは元RAAF(王立オーストラリア空軍)のエンジニアのオーストラリアのマリウス・ボイラヨン(Marius Boirayon)のレポートです。

1.現代人の人類学的・科学的発見のいくつかについて
このレポートには何世紀もの長きにわたり、知識人を苦しめてきた世界的な問題を解決する特別な情報が含まれています。
私がソロモン諸島に巨人が存在しているのを知ったのは、驚くべき2つの発見があったからであり、その事を注目させんが為に、このウェブサイトに公開しようと思いました。
・最初の発見は、ソロモン諸島の人々が、数千年前から「現代世界で発見されていない」人種と島をどのように共有していたかという事です。この事は様々な理由によって今まで世界に知られる事はありませんでした。
・二番目の発見は、私がソロモン諸島に存在している可能性のあるUFO基地と、恐らく同じ時間の間、巨人達と地球外生物がソロモン諸島を拠点にしているようだという事です。
私は多くの理由からこの驚くべき発見をし、その事について他の世界の人達とこの事について共有しなければならないと考えました。
何百人もの研究者は、ソロモン諸島に行って研究したいと願っていると思いますが、ここにある一部の事を研究する事で間違いなく科学は新たな発見と進歩をする事でしょう。
ソロモン諸島の人々は、聖書や他の有名な書籍にある歴史を通じて、様々な名前が世界の他の地域で使用されているように、孤立したソロモン諸島の人達も「巨人達」と、発見された人達に名前をつけています。そしてこの捉えどころのない人に似た種族の事を説明しています。
1-1.ガダルカナル島の巨人

ソロモン諸島に存在する巨人族について幾つかの事実を説明するために、私はガダルカナル島にいる巨人を例によって説明します。
「ガダルカナルの巨人」は、ガダルカナルの人々からその様に名付けられています。私の観察からは、サスカッチ、ビッグフット、イェティ、ヨウィーといった、世界の他の地域で目撃されているUMAと非常に似ていると思われます。現在のところ、ガダルカナル人が言うには、このガダルカナルの熱帯雨林のジャングルには数百人の巨人が住んでいると言います。
このガダルカナルの巨人達に関するレポートの内容は、島の先住民であるガダルカナル人からは、過去から現在に至るまで土着の文化の大部分の事を書いているので、多くの理解を得られる事でしょう。
原住民の住居はサゴヤシや他の葉で囲まれ。木材の基礎部分を守るような建築をしていますが、巨人達は熱帯ジャングルにある長さ200キロ以上の巨大洞窟に住んでいます。ガダルカナルの巨人達はそこで社会構造ある組織で生活してい住んでいます。私は多くのガダルカナルの人々に会いましたが、彼等は数千の洞窟で島の東から西へ行く事が出来ると言っています。
ガダルカナル諸島の人々は、島の大きな山の中か下に巨人達の巨大な都市があると信じています。「タドゥヴァ山」は間違いなくその都市の主要な入り口の一つであり、もし彼等を撮影したいというのであれば、山に最も近い村に行けば定期的に観察できる場所だと言います。しかしこの入り口は島のあちらこちらにあり、島のどこかで日々見る事が出来るので、そこに行く必要はありません。
実はガダルカナルの島の周囲には、山間部を除いて十数か所の入り口がある事が想定されます。それらの記録写真を収集するための良い場所としてはタトゥヴァ地域があり、さらに言えばソロモン諸島周辺の何十もの場所や、バヌアツも想定されるのです。
事実、この類の話はガダルカナル島では誰に尋ねても聞く事が出来ます。そして彼らの親や祖父母、また本人がこの巨人達と遭遇している場合には、肯定的な話を聞く事が出来ます。ソロモン諸島に来れば、到着した時に最初にあった人に尋ねれば巨人達の話を聞く事が出来ますし、もし出来なくても知っている人の誰かをあなたに会わせてくれるでしょう。
私の理解では、これら巨人には3つの種族があるようです。より大きく、一般的なのは10フィート(約3メートル)以上の身長ですが、私はそれより巨大になる事を示す証拠を持つ島民に会った事があります。
これら巨人達は非常に長い黒髪、また茶色や赤みを帯びた髪、またそれらが交じり合った髪の毛を持ち、巨人が貴方をよく見たい場合には片手で髪の毛をかき上げるでしょう。突き出す様な眉毛、赤い色をした眼球、平べったい鼻を持ち平らな顔をしています。また風に乗って強い体臭が臭い、大きく毛深いタイプから、体毛の薄い小さなタイプまで存在します。
小さな巨人は、通常の人間よりも大きな体ですが、ジャングルに住んでいる野生の男性のようであり、大きなタイプほど体毛はありません。これはガダルカナル島の人達の記述です。基本的にこの小さな巨人と人間の混血児を発見すると、彼らは混血児を殺害しようとします。この小さな種族は、巨人達の社会では下位のランクであり、主にジャングルの洞窟の外で生活をしています。これら3つの種族の巨人は全て島のジャングルで生活しています。
ちなみに最近でもパプアニューギニアの毛むくじゃらの巨人達に関する多くの新聞報道がありましたが、バヌアツの人々も、ソロモン島の人々が持っている過去にあった巨人達に関する経験した出来事を、私の研究をフォローアップしている人同様に知っているのです。
ソロモン諸島の人々、そしてパプアニューギニアとバヌアツに住む人々は、彼らと共に生きてきましたが、彼ら巨人種族が世界的には大きな科学的発見であるという事を理解していません。意図的に作られたかは判りませんが、ソロモン島の人々は「世界から忘れ去られた場所」であるという事だという事でしょう。
これはガダルカナル島西部の地図で、その島のどこに彼らの大集団がいるのかを示しています。
経験則として、このガダルカナル島の西部の半分の地図で、山岳部のジャングルの約1,000平方キロメートルのエリアには人々は住んでおらず、巨人達の領土になっています。巨人達は島の至る処で見る事が出来ますが、多くの場合、見られる場所は相互に関連する部族の住む2~3の村の場所です。
さらに重要な事は、土地の所有についてガダルカナルの人々やソロモン諸島に人々にとって重要な事なのですが、この1,000平方キロメートルのエリアは、特定の部族の居住地にはなっていないという事実です。この事はガダルカナルの人に聞けば容易に判る事です。このウェブサイトを始めてみたソロモン諸島の人々、特にショワズールとイザベルは、私があなた達の島をこの地図に載せなかったという事について、あなた方達の間でこういった状況を確認してみてください。
ガダルカナル島には金が豊富にあります。これはヨーロッパの人達が何世紀も前に既に発見している事です。30年前、様々な金鉱採掘会社が、この金を採掘するための「承諾書」を得るために、地元の伝統的な地主と交渉を始めました。「鉱業の損失」が先住民族の取引全体の3%を突破した最近まで、この交渉は失敗と試みの連続で続けられました。1998年、鉱山が建設されていたガダルカナル島中央にある「ゴールドリッジ」で、彼らは道路を広げ、鉱山を拡大するためにより大きな採掘用のブルドーザーを使用し始めました。
この鉱山は巨人達の居住地に接していて、巨人達からは自分たちの領地であると考えられています。ある時、これら大きなブルドーザーが故障して、ブレードアタッチメントのピンの一つが役立たなくなるという事がありました。午後遅くなったので、彼らはブレードをその場所に置き、ブルドーザーは建設基地に戻し、翌日一杯、周知を行う事にしました。そして彼らが戻った時、ブレードは無くなっていて大騒ぎになりました。
この様な重いものが、どの様に消えたというのでしょう。
考えても見てください。彼らは10トンを超える重量物の事を言っているのです。それで彼らはそれを探すために茂みの中に分け入り、長さ3フィート(約90センチ)の巨大な足跡に気付きました。そして近くの小さな丘の上で約100メートル離れたところに、作業員の一人が「ここにあった!」と声を上げました。更なる足跡の調査から、彼らは巨人達がそこで投げ捨てた等、様々な方法を推測したのです。
ところで、この島の地質報告によると、他のいくつかの地域と比較しても、現在は可能していないそれほど大きくないゴールドリッジの金鉱山には、推定で200憶オーストラリアドルほどの金がまだ残っているのです。
数年前の事、私はかつてヘリコプターのパイロット兼エンジニアとして勤務していた頃、ヘリコプターを所有するアメリカ漁船のヘリコプターパイロットから、オーストラリアはグアムから近いという事で、必要な部品の調達依頼を受けた事があります。この仕事は約六週間に渡り、私は僅かな努力で見事な報酬を得る事が出来ました。私のオフィスは古いガダルカナル州本部のちょうど反対側にあり、昼食時には時々、道で島を横断し、当時のガダルカナル知事とビクターの財務大臣と一緒にビールを飲んだ事があります。
この昼食の時に、彼らは数か月前に会ったという巨人との話を、私に語ってくれました。現在は国務大臣になっている知事と、再びガダルカナルの政府首脳になっているビクターは、依頼された金鉱山のエリアの調査をするために、ゴールドリッジに行く事にしたと云います。彼らは、昼下がりの午後にツインキャブのトヨタハイラックスに乗り込み、運転してその場所まで行きました。それは大変なドライブで、途中に幾つかの村を通過しながら鉱山地域まで到着したそうです。
道路はブルドーザーで造られたのですが、頻繁に雨が降るので、丘の脇にある道路は滑りやすくなっており、車が道路の端から滑り落ちてしまったそうです。彼らは車を道路に戻そうとしたのですが、それが難しかったので、通り過ぎた村から沢山の作業員を呼んできて、車を引き上げる事にしました。
村から異様な姿をした30人の男性を連れて戻り、彼らが車が滑り落ちたところまで来ると、2人の巨人が居て、一人は車の前に、そしてもう一人は車の後ろに行き、車を道路に戻すところを彼らは見たそうです。その巨人達を見た時、連れてこられた作業員たちもろとも恐怖で叫び逃げ出したそうです。そして30分ほどたち、勇気を振り絞り現場に戻り巨人が居なくなったことを見て、彼らはその場所に全員が戻ってきたそうです。
彼らの身長はどの位でしたか?と私は尋ねました。
彼らは2人の巨人が車を道路に持ち上げたのであり、その時の足跡を調べたら、片方の足は道路に、そしてもう片方の足は車の近くにあったと言いました。
窓の木に目を向けると、州知事は言いました。私が15フィート(約5メートル近く)を超えるのではと推測したのですが、彼らが説明した3~4フィート(約90~1メートル20センチ)の足のサイズという事で大体その辺りであると一致しました。
ガダルカナル島の人々、及び他の地域の人々は、2年ほど前に亡くなった「マンゴー」の物語について知っています。
彼女(マンゴー)は50年ほど前に巨人達にさらわれ、25年の間奇妙な時を過ごしたと言います。彼女は妊娠した状態で島の北東の海岸でヒステリックな状況で口から泡を吹いていましたが、死んでしまいました。巨人達は彼女を妻として連れ去ったと言うのです。
男性は彼女を見つけ、誰であるかを調べるため捕まえようとしたのですが、彼女の肌はウナギの様にぬるぬるしていて捕まえる事が難しい事がわかり、ある男性がラフな葉を使い彼女を捕まえて蔓でまきつけて捕まえました。当然の事ですが、彼女は生涯、精神的に不安定な状態でしたが、混血の男児を出産しました。この子供は5歳の時にマンゴーの兄弟の一人が虐殺するまで生きていました。
ピーターと私、そして数人の友人は、この子供がどこに埋葬されたかを知っています。マンゴーの物語はこの類の多く起きた出来事の一つにすぎませんが、私の言葉を信じなくても良いです。地元の人に聞けば他にも沢山こういった話があるのです。
類人猿とホモサピエンスは繁殖する事は不可能です。巨人達はどういった種族と思いますか?彼らはネアンデールタール人よりもずっと以前に分岐した種族であり、今の様に進化し発展してきた生き残りでは無いかと、私は信じています。
ガダルカナルの人達は、巨人達はガダルカナルの人達の住む以前からそこに住んでいたと信じています。私の研究からわかるように、彼らの遺伝子構造は私達ホモサピエンスと繁殖する事が可能だという事です。ホモサピエンスと類人猿やサルは繁殖する事は遺伝学的に不可能であると科学者が言っていますので、この巨人達は間違いなくホモサピエンスの近縁種がヒト科で生き残った種族の一つです。今日でもガダルカナル島に住んでおり、現地の人達は巨人達の子孫が他のどこに住んでいるのかを知っているのです。
ガダルカナル島の人に聞いてみてください。ガダルカナルの人々と、巨人達がどこに住んでいるかを教えてくれます。ここで私の知っている幾つかの例について示します。
ガダルカナル島北東部に住んでいる2人の背の高い混血の巨人女性とは別に、8人の子供を持つガダルカナル女性には混血とクォーターの混血の巨大な男性がいます。またガダルカナル島南西部の海岸には、巨大な混血児達がいます。「シルバー」1990年代初頭に亡くなりましたが、その息子の「ジェニー」と混血した子供たちはまだ生きています。
この巨大な混血児の「ジェニー」は、豚一頭を骨から丸ごと食べる事ができるので、地元では有名になっています。またワニも食べてしまうそうです。この並外れた男に関する興味深いエピソードは、間もなく出版する本に書いています。
巨人達のDNAサンプル、また彼等混血児の子孫は、遺伝子工学や医学的分野の将来の発展のために、非常に有用なものであり、今後必要になると考えられますが、その彼等の起源についても明確に証明していく事でしょう。さらに2002年、パプアニューギニア大学の学者達は、メラネシア人のDNAマッピングと、ヨーロッパにいる人々のDNAとの僅かな違いを発見して当惑したと言います。
私は彼(ジェニー)の野性味の中に答えがあると推測しています。何千年もの間、パプアニューギニア、ソロモン諸島の人達、バヌアツの人々は、島の巨人種族との間で混血を繰り返しているために、DNAが変異した可能性があると思います。 なぜ他の世界で目撃されている巨人達がとても秘密的で、人目をさける生活をしているのか知っていますか?私の研究からわかる事は、ソロモン諸島のケースとは同じではなく、ここに難しい謎がありますが、そこに答えもあるのです。それはこの記事の後半で回答をしたいと思います。この事は次の10年間で、私の推測が正しいか、間違えているかがはっきりする事を確信しています。
ホモ・サピエンスや他のヒト科動物と同様に、ソロモンの巨人達は肉食性と草食性を備えた雑食性であり、多くのガダルカナル島の一部とソロモン諸島の巨人達も同じ食性をもっています。「あらゆるタイプ」の巨人達は、近年までガダルカナル島やソロモン諸島の沿岸にいる人達を主たる食糧源として、必要に応じて食肉していた事が考えられています。
何千年もの間、何千人ものガダルカナル島やソロモン諸島の人たちが、この巨人に食われ命を落として来ました。この事については彼等の土着の歴史や文化として語られています。私の限られた研究の中で、ソロモンの巨人達は、実際にソロモン諸島の人々が「豚を食べる」という事と同じ様に人を食用としていた事が判りました。この原始的なネアンデールタール人の様な思考で、悲惨な事ですが、沿岸で捕まえられた子供たちがゲージに入れられ、成長して大きくなったら食べられるという事になっていました。
巨人達がかつて人を捕まえて足を引き裂き、村を襲撃してすぐに食べてしまうという民話や伝説などが、ガダルカナル島やソロモン諸島に数多くありますが、この全ては大きな恐怖となっています。また彼等の多くが「キラージャイアンツ」と呼んでいるグループがありました。
このレポートの終わりに、間もなく発刊される「ソロモン諸島の巨人」という本の中には、ガダルカナル島南西部のウェザー・コーストで起きた事件で良く知られているがダルカナル等の民話は伝承を記録しています。そこでは「5人のキラージャイアンツの兄弟」を殺して、人々に変わって巨人達に復讐し、見返りに族長から嫁を手に入れた男性が居たといいます。
ソロモン諸島の人々や、バヌアツの人口が本来の人口と比べて少ない理由の一つの例として、島にいる巨人達が人々を5000年以上にわたり、食糧とみなして食べられていたために、人口が増加しなかったと言うのです。巨人達に食された人は年間五万人に達していて、わずか5000年間であったとしてもこれは二億五千万人になります。残念ながら巨人による食人の統計はそれよりもさらに多いかもしれない事が、私の研究により判ってきました。
ここに一人の巨人がいます。この巨人はガダルカナル島の人達を、彼等の食用メニューから外したという事で有名です。「巨人の族長」である「ルティ・ミコデ」は、この事に反対する食人氏族との間であった「巨人戦争」で、ガダルカナル人に対する巨人達の意識を変革しました。
約一世紀前に、彼がどの様にガダルカナル人を食糧としていた巨人の意識を変える事が出来たのか、その話を聞くと貴方は感動する事でしょう。この事は驚くべき事であり、私の研究を通じてこの話は事実である事がわかりました。ソロモンの巨人達についてすべて説明しているわけではありませんが、ソロモン諸島の沿岸にすむ人々に対して、大規模に行われていた食人は以下の3つの理由により止められたと言います。
・ガダルカナル巨人戦争
・ガダルカナル島や他の島々に生息するいう地球外生命体との関係
・ソロモン諸島を占領した白人たちによる発見
この内容については、このウェブサイトの最後に紹介する、近日発刊予定の本に掲載いたします。
この「ルティ・ミコデ」が現在生きているかを知るにはどうすればよいでしょうか?彼が生きていると語る多くの人々や、巨人達がホモ・サピエンスよりもはるかに長い寿命を持っていると信じられている事以外に、ソロモン島の英国国教会の司祭の一人が、2000年に自宅の庭で彼と会い、ソロモン島であった民族戦争について語り合ったと言います。
ルディ・ミデコが村で司祭に語ったという事をどのように知ったのですか?
この事はラジオで放送されている事とは別に、私がしる事が出来たのは、非常に馬鹿げた話に聞こえますが、それはとても精神的な次元であったに違いありません。司祭はその後もルディ・ミデコに会っていますが、その事はソロモン島放送協会に聞いてみてください。その頃のニュースはすべて報道されています。それは帰命な場所だったといいます。
ガダルカナル島の巨人が以前から高度な技術を持っていたのかどうか、それはわかりませんが、彼等は高度なテクノロジーを持っている様です。実際、少なくとも過去50年間、彼等の住む洞窟の住居内に電球やランプなどの高原を持たない照明システムを持っている事が判っています。どこかの山の中では、それは昼間の様に明るかったと、そこから解放され逃げ帰って来た人が私に語りました。
私が「テクノロジー」という言葉を使用するのには理由があります。何故ならば、私の個人的に信頼できる目撃者が、この事を協力に裏付ける出来事について私に語ったからです。繰り返しますが、現段階ではこの事を知るのにこれで十分なので、私はそこにはいきません。
ガダルカナル、マライタ、ショワズール、イザベル、マキラには文字通り数多くの洞窟があり、巨大が痕跡物が残っています。これらの島では誰でも多くの人が訪れる事が出来ます。昔の巨人達の中には、イエスキリストが最初に墓の入り口に石を転がして閉じた様に、死者を葬るヒトもいました。
「エゼキエル・アレプア」はかつての州知事であり、巨人達を何とかして欲しいと頼んだ前のガダルカナル州知事は、彼が子供の頃に父親が連れて行ってくれたという巨人の埋葬洞窟の場所を知っています。その洞窟内には完璧な15フィート(約5メートル)の巨人の骨格が置かれていました。私は見た事がありませんが、今では多くの事を知る事が出来ました。
ソロモンが巨人戦争で気の悪する直前に、ダンガラーレの一部の男性(ガダルカナル南西部在住)が巨人達に会いに行って、彼等に何をすべきかアドバイスを求めました。しかし彼等はアドバイスに従わなかったのですが、彼等に二度目に巨人にあった時、巨人達は彼等にした全てのアドバイスは忘れてしまっていました。驚くべき事にこの事はすべてのソロモン島放送協会のニュースで報道されたのです。
白人がもしその様な事を聞いたのであれば、それは彼等へのアドバイスに好奇心を持っていないから彼等の頭を素通りしたという事であって、私にも良くある事なのです。
簡単に言えば、ソロモン諸島のほぼ全員、特にガダルカナル島でこの事件については尋ねてみる事が出来ます。ある夜の事、1960年代の何時頃だったか、私はこの理由については見つけられませんでしたが、巨人達はホニアラを通り抜け、町を徹底的に破壊してしまいました。この事件は近年の巨人の歴史の物語の中で良く知られている事です。
2002年のクリスマスの時、私は妻のほか、数人の人達と一緒に昼食のためにベランダに座っていました。その時、数人の男性が駆け寄ってきて、自分たちの家族が巨人達が庭で何かをしている事を教えてくれました。ホニアラ郊外にあるオースティンで、采園の上にある丘の中腹にある背の高い草の中に、大きな巨人がさりげなく居るのが見えました。私達がこの家族に会った時、彼等は自分達が庭を去るときに、巨人が彼等を見る為に、実際に少しの間髪の毛をかき上げるために動きを止めた事に気が付いたというのです。
ガダルカナル島の「巨人達」と、マライタンには「ラモ」という記録されている言葉がありますが。私が考えてみるに、無数の古代の石の壁に、この言葉が多く刻まれている石のオブジェクトがある事を知っています。私は言語については、ガダルカナルの人々とフィジーの言語は非常に近い言語であると、私がであった好奇心を持った理論では言及しています。両者が共有する単語は100以上のものがあります。
ガダルカナル人はフィジーに行って一週間ほどでフィジーの言葉を離し事ができます。この事は私の友人であり、パートナーでもある「ピーターカシ」がいますが、彼の音楽バンドとのツアーに動向した時に知りました。ガダルカナル島に住む巨人達の言語は、ガダルカナルの人達の言葉と非常によく似ています。私はかつてこの巨人文明が、ホモサピエンスがこの地域に定住するかなり前から、フィジーからかなり離れた南太平洋の広範な範囲に広がっていたと考えています。
私はこの事について多くの証拠を持っていますが、いまここに書き止める事はできません。この事は、後で私が個人的に関心のある「マライタのラモ」の話の際に簡単に触れてみたいと思っています。
何世紀にもわたり、巨人達は人間を食しており、捕まえる事も簡単だったので、ガダルカナル島の人々は巨人達が森から出てくる際に「人の身代わり」の犠牲を彼らに提供しました。それにより巨人達の人食いをある程度、止める事が出来ました。この風習は今日でもタトゥバ山の近くにある村では行われている様です。
この身代わりになるのは豚で、この豚は白豚でなくてはなりません。また淡水カタツムリの殻を挽いたガダルカナルカブトムシナッツライムも含まれます。またガダルカナルで利用する通貨もあります。これは4つか5つの蔓と、ストランドの長さに紐で縛られた小さな貝殻です。これも白い貝殻の通貨でなければなりません。この通貨はソロモン諸島で元から使用されている通貨であり、ドルやセントの代わりに使用する事が出来るものです。神聖な開拓された場所に、これらの物を入りして、世代から世代に受け継がれている呼び出し方法によって巨人達は直ぐに供物を受け取るために現れます。それは彼らにとってはあまり好物ではない、ウナギの骨を燃やす事で呼び出されるのです。
ちなみにガダルカナル島の豚等は、メラネシアの外の幾つかの他の場所でもそうですが、巨人達の通る道を使用しない様に学習しています。ガダルカナル島南西部の地域にあるタンガラーレ川では、一部の巨人が通り道の入り口に障壁を設置していて、ホモサピエンス等がそこを不用意に利用する事を防いでいます。
巨人は長い髪の毛のせいか、火を嫌う事が知られています。巨人の居住地を通過する場合は、念のためにライターと高圧ガス缶を持っていく事をお勧めします。エゼキエル・アレプアは、巨人戦争の起きていた2000年にガダルカナル南部の「ウェザー・コースト」で起きた事件について、私に話をしてくれました。
5人の男性がタンガラーレに豚を狩りに行きました。彼らは狩りの最中に時間を見失い、遅い時間になって天気が悪くなり雨が降ってきた事から、彼らは野営するためにサゴヤシで簡易や小屋を建てる事にしました。小屋の屋根はサゴヤシで覆っていましたが、夜も雨が降り続いていたので、小屋の中に火を焚き、その周りに座っていました。すると大きな手と腕が小屋の壁を突き破ってきたのです。好奇心旺盛な巨人が小屋を発見し、中にあるものに興味があったようです。5人の男性は叫び、火のついた棒で巨人の手を殴りました。そしてどうやら彼らは小屋の後ろの壁を突き破って、真っすぐジャングルの茂みの中を走って逃げました。翌朝、海岸にでてお互いを探し合い、見つけた時には数キロメートルの範囲に広がっていたと言います。
この巨人の事について、私は第二次世界大戦時の日本による占領の事について想定をしています。レッドビーチよヘンダーソン飛行場に連合軍が最初に到着した時に、日本人がそこに居なかった事について未だに謎とされています。(興味深い話ですが、ハワードはオーストラリアの介入部隊を率いていました。アメリカ人に倣う形でレッドビーチを使用して到着しました)
連合軍は到着した時、彼らの部隊は半分失うだろうと想定していましたが、そこには誰もいませんでした。これは日本人が他の島で行った軍事行動とは異なる事でした。彼らはどこでも最後の一兵になるまで戦いましたが、何故そんな日本軍が一人残らず逃げたのでしょうか?私はこの事に答えを持っていますが、それは歴史に書かれている様な事ではありません。日本人は恐らく島の中央部で巨人達と遭遇したのではないでしょうか。何故なら巨人達と他の人達(ガダルカナル人/ソロモン人/連合国の人達)は同じ側に居たと思われるからです。状況として1999年に言われた事ですが、日本人はガダルカナル中央部に強力な軍の実行部隊を2000名送り込み作成を実行しようとしましたが、民族間の緊張からそれを取りやめました。
オーストラリア政府は、急遽ホニアラの様な小さな町に「法と秩序」を少しでも回復させるために、2000人以上の強力な舞台をソロモン島に派遣する事を決定しました。そしてガダルカナル島やマライタ島に小さな部隊を上陸させたのです。
私はこの為に数百億ドルもする偵察機や、掃海艇、巡視艇、人工衛星による監視、2000人以上の兵士や10年間に渡る3億ドルの支援は必要ないと考えているのですが、現時点ではこの最初の海外での経済的な支援については、多くの人達に高く評価されています。
ソロモン島が潜在的に持っている非常に豊かな漁場とどこまでも続く熱帯雨林とは別に、6つの巨大な油田及びガス田、ガダルカナルの含有量の高い広大な金鉱床やショワズールの鉱床、大量のエメラルド、サファイヤ、ルビー、ザクロ石、ジルコニウム等もあり、最近発見されたマライタのダイヤモンド、チョイスルの巨大な鋼鉱床、また隣接するブーゲンビルの巨大な鋼鉱床、イザベルの2つのニッケル鉱床、ローヤルハーバー、マライタにある巨大な酸化チタン鉱床があります。その他、これらの事はソロモン諸島の首相官邸にいた数十人のオーストラリア政府の役人により、過去2年間の間、意図的に言及された事は無かったのです。
首相府の顧問、財務省の担当者、また中央銀行は、過去2年間の間、主にオーストラリア政府の役人が牛耳っていましたので、意図的にソロモン諸島の国をオーストラリアに従属させる事をしていました。
第二次世界大戦の日本軍に関して、ガダルカナル島の中心にいる巨人以外にも多くの謎があります。私は自身の考えている説について裏付ける特別な証拠を持っています。私の友人である「エゼキエル・アレプア」に日本の戦争記念像の事について尋ねてみてください。彼は私の考えと同じ結論を出してくれるはずです。
このウェブサイト内にある私の調査結果の一分が、世界中にいる「名もなき人」に十分なインパクトを与えているとした場合には、私がそれらを真実を宣べる時期を引き延ばす事にします。しかしそれはガダルカナル島に住む人々に対してではありません。エゼキエル・アレプア、一部の国務大臣、英国国教会司祭、司祭、ガダルカナル島内に住む大部分の人達は、この事が真実である事は知っています。巨人人種の発見の信頼性を失わないために、私は積極的ではありませんが、この事について報告いたします。
私は長年にわたって、島の中心部やガダルカナル島の各地に住んでいる多くの人達から、驚くべき内容の報告を受け取ってきました。これら奇妙な報告について私は興味を持ち、それが何であるのか確認するために多少の努力をしてみる事にしたのです。この報告には、夕暮れ時や夜明け、また夜間にジャングルの上を集団で飛び回りあちらこちらへ飛んでいく生き物を見たとありました。これら報告は全て同じ内容を説明していたのです。これらの生き物がジャングルの上を飛んでいる時には、生き物の背中には長い尾と赤い光を放つ人間の様な姿で、ハム音の様なうねるような音が聞こえるとあります。多くは一度に数百の個体がある事が報告されていて、島内部の山の谷の霞みの上をランダムに飛び回っているというのです。
この生物は定期的に海に出ていき、ガダルカナル島の中央南部に戻ってくる大規模なグループが確認されています。彼らは時々、ジャングルの中で個々で見られたり、またグループで見られてたりしています。彼らの外観ですが、緑かかった茶色の肌を持ち、長い尾(レプタリアン?)で、幾つかの衣装をまとい、力強い人間の様にも見えて直立歩行します。これらの内容は当然、普通の人には奇妙に感じると思いますが、私にはもはやそれほど奇妙にも思えなくなりました。
ソロモン諸島のホニアラのオースティン山にある「日本戦争記念館」は、世界で唯一のタイプのものでしょう。私が診てきた戦争記念碑の殆どが、兵士、銃、戦死者に関係していますが、この記念館はそうではないのです。西側の端には四つの大きな白色の垂直な大理石の壁があり、そこに文字が書を書く必要があるのです。北には熱帯環境で生育するのが難しい桜の木が並んであります。
唯一書かれているものがある処は、日本で有名な有名な彫刻があり、それは長い尾の先に光線銃の様なものを付けてる鱗のある半人間の銅像の土台にあります。この非常に未来的なまるで「スタートレック」に出てくる戦士の様な爬虫類タイプの半人間の男性像は、右手に尾に取り付けられた超近代的な光線銃を持ち、左手で西を指さし、断固とした顔をしています。驚いた事に私がこの像の指す場所にならんでみると、何故なのでしょうか、彼はガダルカナル島北西部にある「ドラゴン山の滝にあるUFO基地」を真っすぐと指しているのです。 そこにあるそれほど精工ではない弾丸を載せた像は、ソロモン諸島の激戦前に、日本人がそこに置いたものと言われています。
皮肉な事ですが、ソロモン諸島の激戦の直前に、日本軍が2000人の部隊をガダルカナル島の中心部に派遣しようとしていましたが、ソロモン諸島には970もの島があるのに、激戦はそこで終わってしまいました。
しかしオーストラリアのハワードは、ソロモン諸島に2000人の部隊を派遣し「法と秩序」の維持、または何らかの理由で駐留したのです。
これは私が考えている事ですが、一部の日本兵が巨人達の餌食となり命を失った事とは別に、日本兵の半分が基地に戻ってきた時、彼らが半分トカゲの様な姿をした戦士と幾度かの遭遇があり、そこで何かがあったと知ったのでしょう。そして彼らはこの島を「放棄された島」にしたと思います。だから連合国が到着した時、日本兵が居なくなっていたと思うのです。この事をここで議論するのは難しい内容ですが、この2つの類似点を見てくれれば解ります。
ちなみに、アメリカの率いるオーストラリアのハワード占領軍は「ジレンマ」を抱えていました。それは他の国の政府にソロモン諸島の真実を理解する事をさせずに、東ティモールのようにソロモン諸島の大量の石油埋蔵量や、幾つかの資源を獲得させるために入札を行いました。少なくとも巨人達には「勝てない」という状況の中です。
例えば、彼らの多くがガダルカナル島のジャングルに住む巨人達にワルツを聞かせれば、彼らは出てこないと考えている様ですが、そうではなく、それは映画「プレデター」の様に第二次世界大戦で日本兵が経験した事の様になります。彼らに殺害された親類が、この負けた姿を世界中のメディアにどの様に説明するのか、興味深い事になるでしょう。巨人達はソロモン諸島の島々で見つける事が出来るので、ソロモン諸島全体を手に入れるのは不可能なのです。
アメリカの権力者が長い間利用している、ソロモン諸島にすでにあるUFO基地を考慮する事なく、ソロモン諸島の全長1900キロメートルを手に入れようとしても、巨人達がいるので、バヌアツにした方がよいでしょう。そこには少し体毛のある未発見の類人猿もいますが。ただ聞いてください。巨人達にもし危害を加えようとした場合、それは世界に対して重大な大犯罪となります。いつの日かこの事実が発覚した時、ソロモン諸島の特定の領域は「世界遺産」になる事でしょう。その為にも世界中の科学者や、国際社会に対して働きかけられる事を、心から願っています。この内容については、このウェブサイトの最後に紹介する書籍で紹介します。
オースティン山の直ぐ近くにある「境界線」から、更に日本記念館を過ぎた道沿いには3つのガダルカナル部族がいます。「シンバ」はそのうちの部族の一つですが、彼らの部族からそれほど遠くない場所には、リタイアした巨人の老夫婦が住んでいます。
その様に、この3つの部族のいずれを尋ねても、彼らは普通に巨人達を知っていますし、彼らは多く目撃してもいるので巨人の事を教えてくれるでしょう。私は何度も彼ら巨人を撮影しようとしたのですが、かれら巨人を防いでいる異常な状況により失敗しています。「ジョセフ」はそのエリアの最高責任者でした。2000人の「民族紛争」の間、多くの住居に住む人はボニアラから背後のジャングルに逃げました。この逃亡した人々は、その逃走中に何度が二人の巨人を目撃しました。実際に彼らが住んでいる地域に到達すための近道は、ホニアラ刑務所の後ろにある植物園の南端の小川とは反対方向に続く道をたどる事です。しかしジョセフに心遣いを渡す事で権限を得る事は、とても良いアイデアです。
またその周辺には巨大な洞窟がいくつもあり、それらを覗いて撮影する事はできます。いつかは、これらを掘り起こす事が、考古学的および人類学的に価値ある場所になるでしょう。この地域は巨人達との激動の歴史的関係を示す多くの民話がおおくありますが、こういう場所は島の中で他の場所、更にいえばソロモン諸島のどこにでもあります。事実、ソロモン諸島の大きな島では巨人の民話がよく語られています。
ガダルカナル島の巨人達については当面充分足りています。ソロモン諸島の全ての大きな島には巨人達が住んでいますが、これらの島の人々はそれぞれ異なる名前で呼んでいます。「ムームー」は、牛の鳴き声の様ですが、ソロモン諸島ではこの巨大な人種の一般的な名前です。ソロモン諸島の西端までの長さ300キロメートル。幅80キロの島である「チョゼル」では、ガダルカナル島と同じくらい多くの巨人が住んでいます。
地図を見ると内部に村が一つも無い事に気づくでしょう。それには理由があります。実際に彼らが首狩り族の時代、いつもお互いの島の領土を取り戻そうとする理由について疑問に思っていました。そして、それは彼らは常に彼らの島で、この巨人達に食べられてしまう事から逃げようとしている事に関係していると思いました。
しかし彼らがどこへ行っても同じ問題に突き当たる事を彼ら自身が知りませんでした。「イザベル」には、異なる2つの地域にまだ大きな巨人達が住んでいますが、彼らの人口はガダルカナル島の人口よりもはるかに少ない人数です。島の中部北東部と中部北部は、その島で巨人達を見つける事が出来るエリアですが、そこにいる人に尋ねると、彼らは正確にその場所へ案内するでしょう。ガダルカナル島の東にある「マキラ」には、小さいですが強力な小人の様な巨人達が住んでいます。これらは、ソロモン諸島に住んでいる人種とは別タイプの巨人です。それらはこの2つの島だけではなく、他の多くのソロモン諸島にも住んでいて、バヌアツにも存在するのです。
1996年には「ソロモンスター新聞」にこれら4フィート(1メートル20センチ程度)の「チャワチャワ」の写真が1ページ掲載されました。このチャワチャワはゴールドリッジ近くの村で不思議に思われ、村人は彼にショートパンツをはかせて、彼を見せるためにホニアラに連れていきました。この写真ではメインストリートを手持ちのリードでつながれていて、多くの住民がその後をついていきました。
新聞には同じような出来事がもう一つありました。これは1991年頃で、「チョワチョワ」と呼ばれる別の出来事が同様に掲載されていました。別の発音では「チョーチョー」と呼ばれています。
オーストラリアに住むアボリジニは「Jungarre-Man」と呼び赤みかかった毛むくじゃらの男についての話があります。世界中のほかの文化にも同様な話があります。私はある男性が茂みの中で、これら小さな人々を見て、その小さな人がかなりの距離をジャンプするという、並外れた運動能力を持っていたという話を聞いた事があります。私は彼らに特に興味はないのですが、彼らはどこでか社会的な生活をしているのかもしれません。ピーターは、彼らをどこに行けば見れるか知っていると言っています。しかしそれは一度だけの事でした。
ソロモン諸島の一つの例ですが、ピーターと曽祖父と父は巨人を崇拝していました。私が知っている他のソロモン諸島の人達と同様に、彼らは巨人の事をかなり知っていました。
「マライタ」には、これらの巨人との間に豊富な歴史があります。今ここで書く事は大変なのですが、私の研究の一部を簡単ですが紹介します。「マライタのラモ」は「ガダルカナルの巨人」と同じ種族ですが、マライタのラモはガダルカナル島の巨人とは文化的に異なっていました。これら異なる島の人々に伝わる古い草の根の習慣と文化を理解すると、彼らはそれぞれの島の巨人達の文化に従っている事がわかります。これらの事は仮想立てた論文を使わずに説明するのは難しい事です。有名な巨人との出会いに関する彼らの民話はそれぞれが異なり、巨人達を自分たちの文化に相応しい形で描写しています。例えばマライタのラモは「スピ」(長く平らな細長いダイヤモンド形の武器)を使用する事が知られています。
私の推測では、恐らく間違えていると思いますが、ラモの最後は約600年前であり、マライタンの人々はまだこの武器を持ち、島の至るところで装飾品として見る事が出来ます。いつかこの島が、かつてフィジーからはるか遠く、南西太平洋に広がっていた巨人の広大な文明の中心であった事がわかるでしょう。
非常に重要な事ですが、マライタの様々な場所には巨人の失われた文化というのが残留しているという事に、注意しなくてはなりません。私は「文明化」と言っていますが、これには理由があります。北マライタの内部にある「マラ山」の周囲近傍には、山の周りに螺旋状に巻かれた大きな石のブロックで造られた壁で区切られた道が、完璧に作られています。この道は、山の頂上にある大きな石のブロックで造られた壁で区分けされた平坦な区画へとつながり、そこからより高い位置にある平坦な区画を見る事が出来ます。さらに数百メートル先には埋葬地があり、その上には縦18フィート(約5メートル程度)×横6フィート(1.8メートル)×厚さ1フィート(約30センチ)の石があります。その地域から離れた場所に住む人々は、そこに非常に重要なラモが埋葬されていると言います。これらの石のブロックで造られた壁には象形文字の碑文が刻まれています。数年前に、彼らがこの区画をもっと明らかにするために、茂みを少し刈り込んでいくと、そこに陶器や他の出土品も見つけました。
これら大きな石のブロックを採掘されたと思われる場所は、海に近い西海岸の山脈の数マイル下にあります。私がこれをどの様に知ったか説明する事は長くなりますので省きます。ちなみにこの地域の先住民は、この場所を熱心に保護していますが、この場所を訪問したい場合には、金銭的な謝礼をする事で問題なく出来ます。行くにはヘリコプターをお勧めします。私はこの場所について人々に話をしたのですが、他の事と同様に、何らかの理由のためか、誰も私の話を信じてくれません。これらの遺跡は数千年前から存在し、この後、数千年後にも存在すると思います。
私の妻の出身地である島の中央東部のマライタのクワイオには、茂みの奥に奇妙な碑文が刻まれた石のブロックで出来た構造物があります。オーストラリアの「Yowie」研究者が書いた本で、この同じ「ラモ(巨人)言語」の写真を見ました。これは間違いなくパプアニューギニア、ソロモン諸島、バヌアツ、フィジー、そしてオーストラリアも同じです。
マライタでは、古代ラモの文字が刻まれたこれら大きな石づくりの構造ブルは、それらが置かれている場所に住む人々に経緯を払われ、考慮されて扱われています。例えば、妻の祖父はクワイオでも有名な男性でした。彼は4フィート(約1メートル20センチ)の丸みを帯びた縁のラモ(巨人)石の近くに埋葬されています。ちなみに「ラモ」とは、優れた戦士の特徴を持つ人を表すために、マライタンの人々が使う一般的な言葉です。この「ラモ」のマライタン語でもう一つの意味は「人を食べる人」を指します。
また私の研究を支援している「マライタン海運会社」が、船の名前で選んだものは次の通りです。ラモスⅠ、ラモスⅡ、及びラモスⅢ。この名前を付けたのには理由があります。彼らが「マライアのラモ」で経験した事に関するマライタンの歴史を幾つか見つけた時、それは他の世界の歴史でも、これほど恐ろしくて他に類を見ないものは無いからだったという事からです。これはガダルカナル島や他のソロモン諸島でも同様だと云います。かなりの程度まで、彼らの心理を調べると、ソロモン諸島全体で個々の島々の人々の性格が異なり、今日の様になっているのかは特定の島の巨人達を崇拝する土着の文化によるものであり、それが劇的なものであっても、何ら彼らを困惑させる事ではありません。
クワイオの北にあるクワレエの地域には、ジャングルの中に大きな墓地があり、文字通り巨人達の骨が地面に点在してます。これが実際に巨人達の墓地であったのか、地元の巨人体がそこに集まったのかは定かではありません。この地域からそれほど遠くない処にある村では、小屋の主要な支柱の一つとして、8フィート(約2メートル40センチ)の大きさの巨人の大腿骨が使われています。
彼らはこの特定のラモ(巨人)が24フィート(約7メートル20センチ)以上の身長であると推定しましたが、これは彼らの民話の多くで語られていますので、私は驚きませんでした。さらに巨人達がまだ目撃できるガダルカナル島では、一部の人達の間で巨人がその位、大きい事が知られています。一般的にマライタン人は彼らの巨人文明が数百年前に消滅したと信じていますが、広大なジャングル山脈にまだ存在する証拠を私はつかみました。いつかこの事に言及しようとこの証拠は、自然主義者と様々な科学者にとって、大きな関心を呼ぶ事になると確信しています。
2001年、オーストラリアの科学者は、ニューサウスウェールズ州の孤立した峡谷で「ワラミンパインツリー」(また類似する植物)と呼ばれる未知の植物を発見しましたが、クワイオで見られる孤立した熱帯雨林のジャングルとは比較になりません。ここには様々な植物や木(おそらく昆虫も)がありますが、それはソロモン諸島のどこにも見つからず、私達の知る限りでも他の世界のどこにも見当たらないものです。
この地理的に孤立した熱帯雨林のユニークな地域から遠く離れていないところ、島の北東部には、巨人文明の一分が作った、完璧に組み合わさった大きな石のブロックで支えられた小さな湖があります。この淡水湖はクワイオの東海岸から数日間かかる険しい山道の奥にありまsが、地下の水脈とセシウムを介して海と繋がっていて、淡水となっているようです。このめずらしい湖は、ジャングル山脈により海から遠く離れた場所にありますが、海の干満により水位が変動します。ここでは孤立した進化のため、世界の他の場所では見られない様々な奇妙な外観を持つ魚や植物を見る事が出来ます。この奇妙な場所のもう一つある興味深い点は、西端にラモ(巨人)洞窟がある事です。この洞窟にはソロモン諸島の外の場所、そして恐らく他の世界では見られないハイビスカスの希少種があります。
この「ラモ(巨人)洞窟」の内部は非常に重要なものですが、今の段階では自分自身の中でのみしまっておきます。(探検のヒント:このエリアにいる蛇には注意してください)
マライタのこの特別な場所に興味を持つ人のために、行く為のアドバイスを書いておきます。私がたまたまこの部族地域の女性と結婚した最初の白人でもあるので、私のこのアドバイスを聞いておいてください。「クワイオファドゥンガの首長」の許可を得る事なく、このエリアに安全に足を踏み入れる事は出来ません。かつてのマライタの最も共謀な首狩り族としてこの部族は有名ですが、それにはこの特異な事とは別に理由があるのです。
クワイオで最も偉大な首長、また副責任者のアドネ。1927年にオーストラリア政府が「彼により、大量虐殺で殺された」という部族の人々の名前をまとめた本があります。著者は「Mr.ウィリアム.R.ベル」という当時のマライタ地区委員です。
オーストラリア政府は、彼の死の詳細に立ち入る事はしませんでしたが、その報復としてクワイオの「シンガランク港」に「HMAS アデレード」を送り、彼らを監獄送りにして短期間に根絶しようとしました。殺害された部族の首長によると、かなりの数の男性や女性、そして子供が殺害され、レイプされ、毒殺されたというのです。
この虐殺が起こったという圧倒的な証拠は、オーストラリア国立大学人類学部長である「ロジャー・キーシング教授」が2017年に書いたという本にあります。しかしクワイオの人々にとって、これらの行為は慣習的な事であり、彼らはソロモン島/オーストラリアの歴史にもこの悲しい出来事の賠償は為されていなので、白人がこの地域を通過する事は極めて困難です。ただし金銭的謝礼をすれば通過する事が出来るかもしれません。
ソロモン諸島の巨人は、ソロモン諸島の大きな島に大部分、数千年間にわたり閉じ込められ存在していました。この事を研究しようとする人には、ソロモンの巨人の事と、それによりソロモン諸島の人々が命を犠牲にして耐えてきた長い混乱の歴史を理解してくれることを心から願っています。私はこの発見が人類にもたらす論理的な影響を検討するのに長年にわたり時間を費やして来ましたが、得られた大きな研究結果はそれをはるかに上回っていた事が言い切れます。
ソロモン諸島の私たちのグループは、人類の進歩に向けてこの重要な仕事を続けるために、緊急の財政支援を求めています。この分野で援助してくれる人がいたら、私たちにお気軽に至急連絡をして下さい。
私達は支援を必要としています。
2.ソロモン諸島の既知のUFO基地
私の知る限りにおいて、恐らく誰かが見つけた地下のUFO基地について、世界に公表するのはこれが初めてだと思いますし、私が初めてだと思います。
このレポートにある地図には「ドラゴン山UFO基地」の入り口への場所を示しています。これは間違いなくエイリアンが使用している現在のUFO基地です。この地下基地への入り口は、長さ5キロメートルの谷の西側にある高さ2500フィート(約750メートル)にある滝の下の湖で、海岸から8キロメートルの場所です。
私が数か月間、エスペランス岬の「チャプル」と呼ばれる村に住みました。この村は「地下UFO基地」の海岸の北にあり、この基地ではエイリアンの活動が定期的に見る事が出来ます。私はこの村に住んでいた間、UFOの目撃回数を60回まで数えましたがそこで止めました。恐らく今では100回になると思います。名前の無い山にUFO基地への入り口がある事から「ドラゴン山」と名付けたのは、この地域に住んでいるガダルカナルの人々が、これら飛行する「火の玉」のUFOを「ドラゴン・スネーク」と呼んでいたからです。
ガダルカナル北西部の人々は、この「ドラゴン・スネーク」を1世紀以上もの間観察をしてきたため、恐らく長い間、人々が殺されたり、怪我をしたり、行方不明になった為、彼らを恐れているのです。彼らはほぼ毎晩、そのエリアを飛び回っているので見つける事が出来るので、彼らが近くにいる場合を除いて考える事をしません。
この彼らを受け入れた生活の一例として、私がかつて住んでいた「チャプル」という村から1キロメートル離れたところに、現在のソロモン諸島の首相「アランケマケザJr」の住居があります。彼はこれらUFOの事を私の知っている事よりはるかに多くの事を知っています。かつての首相、前のガダルカナル島の知事で、再び知事になっている「エゼキエルアレプア」も、滝の下の湖のUFO基地の入り口の事を知っています。
ガダルカナル島北西部の誰もがUFOの事を知っています。そして私は彼ら多くの人に聞きました。彼らは事実として毎晩目撃しており、1世紀以上に渡り毎晩目撃をしてきたのです。これはアメリカが主導してオーストラリアと揃者諸島の政府が、観光の許可を継続し、制限区域を設置していないからです。
これらの目撃は私にとって、常に異常な事でした。UFOが飛んでいない時に、どこに行っているのかを調べるために広範囲にわたり調査を行いました、6日間にわたり私と友人のガダルカナル人は苦心しました。このUFO基地は、その近くの山の隠れた場所から、ソロモン諸島の足場としてこの場所を使用していて「UFO/ドラゴン・スネーク」が複数存在する事を最初に発見したのです。
このエイリアンの基地は今日も残っています。この地域にすむ全ての人々は別にして、この基地とその位置を確認するのに最適な人物は「エゼキエルアレプアJr」です。またガダルカナル島出身の現在のソロモン諸島の首相「アラン・ケマケザal」は、彼の住んでいる島に存在する巨人人種について知悉していますが、オーストラリア首相はこの事を知りませんでした。しかしアメリカ大統領の訪問の直後に心が変わり、軍事的な妨害の支援を開始したのです。
アメリカ人、イギリス人、オーストラリア人がこれらUFO基地を知らないという事を、私はどうする事もできません。アメリカ主導のオーストラリア多国籍軍による現在の「ソロモン諸島阻止」は「Operation Helpem Friend」と名付けられています。
ちなみに私が最初にガダルカナル島の巨人について調べ始めたのは、この村での冒険的な滞在からでした。上の地図には私が知っているマライタの中央東海岸に位置するUFO基地の入り口と、「ラモ(巨人)山の残留」と言及している場所を示しています。
この疑問点は次の通りです。
「私は、その場所にも何かがある事を知っている」
左矢印の近くには1つのピンがありません。ピンは全て島の下にある大きなUFO基地を構成する入り口です。
一般的に信じられている事は、NASAやその関係者の誰かが1961年に中央東部のマライタの地下UFO基地でエイリアンと最初の接触をしました。これは彼らがどの様な秘密技術を獲得し始めたのか、その方法の1つである事は間違いありません。それは今日既に手にしているでしょう。当時は技術的な優位性を獲得しようとする「冷戦」の最中で、特定のエイリアンであるとブラックメールには書かれていました。これらすべては、イギリスの有名な地質学者「Mr.Gropher」が1958年から1960年の間、この地域に数回の遠征を行っていましたが、最初にこれらUFOを目撃し、それをイギリス政府に報告しました。
1961年にNASAから来たという白人がその場所を訪れ、私の妻の親戚に彼をUFO地下基地の入り口まで案内する様に依頼してきました。彼らはプライバシーを要求し、案内忍をUFO基地の上の砂浜の海岸の残して行きました。この自称NASAの男性は1週間ほど来ていましたが、その間に何とこれらエイリアンと接触し、彼が再び訪れた時には、妻の親戚にもう一度その場所へ案内する事を依頼してきました。クワイオとクワラエの多くの人々が、このNASAの男の出来事を知っています。
上記のマップでは、東海岸の右向けの赤いピンがあり、矢印がそれを指し示しています。これは周囲の深さ10メートルのサンゴ礁の囲まれた直径50メートルの「底なし円形リーフ」であり「クワイ島(クワイオ族とクワラエ族の境界線にある)」の数マイル北にあり、中央東部のマライタのナモエレエレの南、「シンガラング港」はこの少し南にあります。
「火の玉」UFOは、ほぼ毎晩、その底なしの円形リーフから出入りするのを見る事ができます。私の友人は、大きな魚が沢山いるので、危険をさけて昼間にこのUFOの穴に釣り糸を下げる事をしています。彼らは100ポンドのラインを200メートル以上使いましたが、それでも底をうちません。この穴は、その上に浮かぶ巨大な宇宙船により作られ、地球の地殻に巨大なレーザーを発射して作られたのではないかと考えています。
現在ソロモン諸島にいるオーストラリアの掃海艇は、このUFOホールを調査していて、それがどれほど深いのか、まだ調査中なのかを知る事が出来るかもしれません。つまりそ掃海艇は「オーストラリア」の納税者の税金で働いています。私達は毎年3億ドルの税金を納めています。これは世界的に重要は発見を封じ込めるためではなく、多くの必要な病院や歯科、教育といったサービスばかりではありません。彼らが調べている事をも私達に知らせる事が出来るのです。
島の本土の約3~4マイルにある円形リーフホールのUFO基地の入り口から直接内陸になる矢印の付いた左側のピンは、男の子が夜釣りに出かけている時にUFOを目撃できる湖です。その湖に行って、円形リーフから出て来たUFOを追っていけば、療法の入り口は間違いなくつながっているのがわかります。私は個人的にこの地域で彼らの活動を見た事があります。
夕暮れ時にこの湖から出て来たUFOが、私の友人の祖父を焼き殺した事は、その地域に住む人の誰もが知っている事です。これらエイリアンは、別の名前を望んでいるのか、何世代にもわたりこれらの人々に恐怖を植え付けており、多くの人々が行方不明になっています。クワイオをクワラエの地域には、私の知っているジャングルの山に3つの入り口があり、これらの「火の玉」タイプのUFOが出入りするのを見る事が出来ます。
これらの入り口はすべて個別の基地ではなく、島の下にある巨大な基地を構成する構造であると私は信じています。私のこの想定は間違えているかもしれませんが、彼らがそこにいる多くの理由の1つに、彼ら自身のために、ここで非常に珍しい宝石を採掘しているのではないかと信じています。私の妻の親戚が所有する希少は宝石は、エイリアンも興味を持つ事でしょう。ダイヤモンドより遥かに比重が重く、日光の中に宝石を置くと、石の中心の奥深くに鏡像が見えます。また太陽の光に当てると非常に透明な青い銀色になります。サイズが大きいので非常に重いものです。
私はこの32.4カラットの「E.Tストーン」を一つ持ってます。皮肉な事ですが、この島の人達は慣習的にこの宝石を「ダイヤモンド・スネーク」と呼んでいます。これらの特異な宝石にエイリアンが関心を持っている事を裏付ける民話の幾つかがあります。
島の頂上に見られる「ラモ(巨人)文明」の遺跡が数多くあり、その下にある「エイリアン」は非常に長い時間そこに費やしている事から、両者の間には様々な可能性が考えられます。そしてそれはガダルカナル島にも当てはまります。これは推測する事しかできませんが、少なくとも驚くべき事ではありません。巨人達も多くいますし、UFOの目撃数も数多くあります。それにも関わらず、もし「UFO本部」と呼ぶ事が出来る場所が存在した場合、それはマライタ中央東部でなければなりません。これは私だけが知っている事なので気を付けてください。
善良な人達は他のソロモン諸島のUFO基地がどこにあるかを知っています。
このマップは、メインタウンである「アフィオ」がエイリアン基地の入り口を示す矢印に「R]が隣接する位置にあるため、多少不正確なものです。
私も彼らの活動を目撃したスモールマライタの滝の湖にあるUFO基地(南マライタ)は、簡単に見つける事ができます。地元の人に尋ねてみてください。道路を北に進み、右側にスモールマライタがあります。メインタウンの「アフィウ」から約3キロメートル、ジャングルの山を約1キロメートル離れたところに、彼らの基地の入り口があります。毎晩出入りして、道路にそって颯爽と何気なく飛んでいます。
私は彼らがこの入り口から出入りするのを見るのは、遠征している事以外にも、私の最初のソロモンの妻である「ミリアム」がその島出身であるという事があります。言及してきた3つのUFO基地と同様に、この基地でもかなりの量の活動があります。この基地の入り口で興味深いのは、滝の前の小川の端で成長している白い結晶の塊が、とても大きい事です。その下の湖は「光の玉」UFOが頻繁に出入りする場所なのです。
滝の湖や湖の入り口などを話をしてきましたが、私が見つけた場所の共通の支配者であるエイリアンは、基地の入り口として滝や湖を選びました。
クワイオ山とクワラエ山にある(私が知っている)ものは別にして、それらは全て滝や湖とつながっています。彼らエイリアンは基地を建造する時に場所を選定したのでしょうが、これは偶然なのかどうか、私は疑っています。ですから、ある日、この分野で私の研究を支援してくれる人がいたら、ソロモンの他のUFO基地をどこで見つけるかを考える時、この共通の支配者の事を考えてみてください。
心理的には何世紀にも渡って、ソロモン諸島の人々に恐怖を植え付けてきました。その理由の一つに、恐らくそれが発見された時、これらの場所は敬虔な「タンブ」になる事があります。また村の居住地からは遠く離れているために「見えない場所」という概念が当てはまります。
多くのソロモン諸島の人々は、彼らが説明しているように「Flat-Sring-ray-type」UFOがあり、その下に大きな丸いライトがあり、進むにつれて唸ることを話します。UFOは時々、ジャングルの上を低く飛んでいるのを見られる事があり、時には彼らが釣りをしている場所の地殻の海から浮上いてきます。UFOは村の近くに着陸し、中から出てくる人間(白人または黒人)は、世界のどこにも見られない奇妙な灰色の制服を着ています。あなたは彼らがどこから来たのかについて推測する事が出来ます。
ソロモン諸島で確認された膨大なUFOの飛行記録から、世界中の様々な国にり監視衛星で追跡できる現代では、このUFO活動に気付いた人が誰もいないという事は出来ないでしょう。ソロモン諸島の上には衛星がほとんどいないという事実は知っています。幾つかのカメラを作動させ、インターネットに接続する事をお勧めします。そうすれば私達は彼らの動き回る姿を観る事が出来るはずです。ソロモン諸島をパトロールする数百万ドルのアメリカ偵察機が数台あるので、彼らなら発見できるかもしれませんね。
これらの「Flat-String-ray type」または「三角形」のUFOが、飛行していない時に上記のST基地に行ったという証拠はありません。したがってこれらUFOは近くから来ている事も考えられます。そしてもしそうなら、ソロモン諸島を長い間拠点にしてきたこれら「光の玉」UFOと、その居住者に目を光らせるのが目的だと考える事が、合理的だと思います。
世界に知られていない、これら平らな人工の「ひも状」または「三角形タイプ」のUFO ha、飛び回らない時にはどこへ行くと思いますか?
私の知識によると、これらの秘密主義者は、ジャングル内とは遠く離れた山の側(地図上の「?」マーク)もしくは海域に基地を建設しているという事でしょう。さらにこれら政府内の秘密主義者は、ST技術の大部分を(正当な理由で)共有していない事で、何十年にも渡って欲求不満を抱いており、また、数千年に及ぶ宗教戦争を止める事のために、残りの数千年間、ソロモン諸島の巨人達とエイリアンの存在を世界的に知らしめる事が出来れば、人類が進歩するために進める大きな利点が、彼ら自身の秘密基地の近くにあると考えるのは論理的な事なのです。
Comments