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この世界は「Matrix」だと思う


 今回はいきなり唐突感のあるタイトルとしました。


 「MATRIX」という映画は皆さんご存知かと思います。これは1999年に公開された映画で、主演はキアヌ・リーブスでウォシャウスキー兄弟が監督した作品です。映像としては、とにかく当時はぶっ飛んだ映画で、この世界は「MATRIX」という仮想現実の中にあって、本当の意味での現実では、人間は機械(人工知能)により養殖場で栽培され、電池替わりにされているという話です。なんでもウォシャウスキー兄弟は、日本のコミック「攻殻機動隊」にインスピレーションを受けて作った映画だと言っていました。


 この映画は上映当初から様々な解釈が為されていたり、またこの現実世界もマトリクス(仮想現実)では無いかという様な話も、未だにネット上では語られていたりします。


 私はこの映画を観た当初、そこまで深い意味なんて無いだろうと考えていたのですが、上映から二十年以上を経た今になって、改めて考えさせられる映画であると感じましたので、今回はその事について、少し書いてみたいと思います。


◆映画「MATRIX」の世界観

 この映画は大手IT企業にプログラマとして勤務するアンダーソンが主役です。彼は何とか真面目に社会生活をしていましたが、もう一つの顔として、凄腕ハッカー「ネオ」という裏世界の顔を持っていて、そこでネオはモーフィアスという人物を探していました。このモーフィアスとは、ネット社会を中心に動くテロリストであると言うのです。

 その後、トリニティという同じ伝説的な女性ハッカーと出会い、その案内でモーフィアスに会える事になったのですが、その前に「エージェント・スミス」にネオは捕まってしまいます。スミスはモーフィアスを追跡しているエージェントで、ネオはスミスに協力する事を強制されます。これにはネオも抵抗を試みますが、不可思議な目に合い、協力を余儀なくされてしまうのです。しかしトリニティの手筈で辛くもエージェントスミスの策謀から逃れ、ネオはモーフィアスに面会します。そこでモーフィアスはネオ言うのです。

 「マトリクスの真実の姿を見せてやろう」「しかし後戻りはできない」

 この時、ネオはモーフィアスから赤い錠剤と青い錠剤の二種類を見せられるのですが、ネオもこの世界にあるマトリクスを薄々感じていた事もあり、赤い錠剤を服用し、そこから「マトリクス」で作り上げられた世界の真実を知っていく事になるという物語です。


 この映画では、人間が生活をしているこの世界は、人工知能が作り出している仮想現実の世界(マトリクス)であるとしています。そして現実では人々は機械により栽培され、仮想現実の為に神経系統を人工知能に接続され、実際にはその機械の動力源の為の「乾電池」という消耗品にされているというのです。モーフィアスやトリニティ、またネオはハッカーという立場に居た為、このマトリクスの存在に気付き、そこから解き放たれて自由になる為に戦っているのです。


 初めてこの映画を観た時には、かなり面白い映画であると言う事を感じましたが、この映画に触発されてでしょうか、ネットの世界では「実は私達の生きている世界は、仮想現実なんだ」という様な言動もちょくちょくと見受けられています。しかし私はそんなネットの中の言葉をいわば「たわ言の一つ」と考えていました。


 しかし最近になって、実はこの映画はとても重要な事を示唆しているのではないか。私達の生きているこの社会も、別の形で「マトリクス(Maxtrix)」と同じなのでは無いかと感じる事が度々あるのです。


◆新型コロナによるパンデミック

 こう考え始めた切っ掛けの一つが、いまだ全世界で進行中でもある「新型コロナのパンデミック」という状況です。

 昨年初めの頃に、中国の武漢から始まったこのパンデミックですが、当初はとても重症化して死亡率も高い感染症として報道されました。

 この様な状況で私自身、仕事もテレワークによる在宅勤務という事に切り替えられ、今までの様に事務所に出勤する事なく、自宅でノートPCを前にしてテレワークの会議に参加し、また必要な書類を作成しては、クラウド上のストレージに上げて共有し、どうしても必要な場合に限り、時間限定で上長の許可を得て出社して作業をするという業務形態に変化しました。

 また日本社会全体でも「緊急事態宣言」が度々発令され、その度に人々は極力外出を控え、県境を越える移動も自粛する事を求められ、夜の繁華街に出る事も制限ざれてしまいました。結果としては特に飲食店関係で閉店が相次いだり、知人の会社でも経営状態が悪化して、中にはリストラされたり倒産の憂き目にあってしまった人達も居ました。


 よく一年間の間で、社会の仕事の在り方がこの様に急激な変化をしたものだと、未だに思う事があります。


 また今年に入り六月頃から、世界規模で新型コロナワクチン接種が開始されました。しかし当初はアメリカでも正式承認されたワクチンではなく、緊急時の利用承認という事で始められ、日本国内でもそれにならってワクチン接種が開始されました。


 これを見た時、私の中で疑問が膨らみました。それはこのホームページの他のページ(ここ)にも書きましたが、ワクチンとは通常、数年単位で治験を行い、そこで安全性を評価した後に初めて接種されるはずが、何故、この様に緊急措置として危険性も明かされないままで接種が始まるのかという事でした。これではまるで世界規模で人類全般に半強制的な「治験」をするようなものではないか、果たしてそれで良いのかと思ったのです。


 また当初、これは昨年の事ですが、新型コロナのワクチン開発が報道され始めた時、その開発されるワクチンが「mRNAワクチン」であるという事が報道されました。当時はこのmRNAワクチンについて、過去にHIV(エイズ)やSARS(台湾で過去に感染拡大した重症急性呼吸器症候群)のワクチンとして試験を開始されたのですが、結果として危険性が極めて高いという事から治験が中断されたという様な報道も一部でされていました。


 しかし今年の中頃に、いざワクチン接種が始まる頃には、その安全性ばかりが強調され、そこに潜在的に含んでいるであろうリスクの報道は規制対象とされていきました。実際にYoutubeなどでは、一部の感染症医が具体的にこのワクチンの危険性について説明した良質な動画もあったのですが、それはすべてYoutubeでは不適切な動画だとバン(動画削除)されてしまい、消えて行ってしまったのです。


 また最近になってからは、ワクチン接種を拒否する人達は、まるで「デマを信じ」「新興宗教の信者」の様だとテレビ番組で著名な医者が発言し「オカルトを信じている惑わされた人」と言う様な揶揄した発言が大々的にされてしまいました。その事もあって、社会の中でもワクチン接種への同調圧力が高まってきています。


 この接種するワクチンが完全に効果があれば良いのですが、例えばワクチン接種の先進国であるイスラエル等では、2回のワクチン接種を受けた人でも感染拡大が続き、結果として「ブースター接種」という3回以上の接種も行われていたりしますし、イギリスでもワクチン接種を2回受けた人の中で「悪質な風邪」と言われるものが感染拡大しているという情報がネットを通して入ってきています。そもそも感染して治癒しても、その免疫は半年も持たないと言われる感染症なのに、何故こうまでしてワクチン接種を勧めるのでしょうか。しかも世界規模で大々的に。


 この様な大事な情報も、日本国内ではマスコミやテレビで一切報道される事もなく、国内でも「ブースター接種」や年少者へのワクチン接種を今後検討を進めて行く方針が決まったと言う報道だけが為されています。


 この様な類の話はワクチン接種だけではありません。今の世の中、買い物するにも、出かけるにも「マスク」を手放す事が出来ない世の中にもなりました。

 私はマスクでウィルス性の感染症を完全に防ぐ事は出来ないと今まで教わってきました。ウィルスとは極微な生物で、それこそ有機物と無機物の中間にある様なもので、マスクで生地の隙間を通り抜け出入りしてしまうので、完全に防備が出来ない事は常識でした。唯一効果があるとされているのは飛沫の抑制だけ。

 しかしマスコミやテレビに出てくる医学者が、このマスクをする事で感染を防ぐ事が出来ると言う様になってから、何か社会の「空気」が、マスクをする事が、最低限のエチケットという事になり、それこそ散歩をしていて森の中を一人で歩いている人まで常にマスクを着用していたり、車で移動中、一人で運転していても、多くの人がマスクを着用する様になっています。

 最近では水泳教室に通う子供も水泳用のマスクを着用したりして、中には運動中にまで小学校でマスクを強要されてしまい、死亡する事故まで起きています。


 確かに新型コロナという感染症は、通年のインフルエンザと比較しても、リスクの高い感染症と思います。後遺症では味覚障害や嗅覚障害を起こした人も私の周囲には居たりしますし、知人で感染した人に聞いてもかなり症状としては重篤になると言っていました。しかし私自身、この一年半の間生活をする中で感じている事は、正しい情報を元に生活すれば、けして恐れる様な感染症では無いのではないかという事です。個人的には五類の感染症(インフルエンザ相当)の扱いでも良いのではないかと思うのです。


 むしろ接種を勧めているワクチンの副反応の方が危険でもあるとさえ感じています。これは周囲でも副反応で大変な状況であったとか、一部ですが私の周囲でも子供(高校生)に接種をさせたら死亡してしまったという話も耳にしました。接種する前は元気であったのに、接種後数日で亡くなったというのです。


 しかしこういった情報は、けしてマスコミやテレビ、また政府の公式発表で得られるものではなく、ネットを始め一部の周囲の人間関係の中でしか聞く事が出来ません。要は積極的に情報を収集し、各自で取捨択一して判断しない限り気付く事の無い事だと言えるでしょう。多くの人々は、自分自身で情報を得る事もせず、どちらかというと受動的に情報を取得しているだけです。それではこういった新型コロナの一連の動きには気づかない事も多いのは当然かもしれません。


◆垣間見えるマトリクス

 この様な事は、何も新型コロナに限った事だけではありません。過去にあった「日航機123便御巣鷹山墜落事故」についても、先日、とあるYouTubeチャンネルの番組を見たのですが、あまりに知らない事が多かった事に私自身、衝撃を受けました。


 この日航機123便の事故については、既に当時の運輸省が公表した航空機事故調査委員会の報告書にあった様に、「与圧隔壁の破損と、それに伴う垂直尾翼2/3の破壊」が原因により航行不能となり墜落したという公式発表で解決した過去の事故だと考えていました。確かに当時はボーイング社からも同様の報告がされました。(でもその後、何故か国内で利用される航空機ではボーイング社が増えた様に思えます。)


 しかし35年を経た今でも遺族の中では、この公式発表は正確ではないと、真相を求める裁判が継続しており、実際に航空機事故調査委員会の報告書の内容についても、改竄が疑われる箇所が多岐に渡って存在していたのです。(細かい事は、以下の動画をご覧ください)



 また過去に於いて起きた「オウム事件」についても、私たちの知らない事があります。これについては、以前に知人のとあるマスコミ関係者から「オウム事件周囲の相関図」というラフスケッチを見せてもらった事がありますが、その相関図にあった人や組織の関係は、私たちが報道各社やテレビ等で出されていない情報ばかりでした。知人のマスコミ関係者によれば「マスコミの関係者はこの相関図を知っているけど、世間には一切公表していない」とのものだったのです。一つヒントだけ言えば、どうやってオウム真理教が宗教団体として認可されたのか、そこを見ていくと朧気ながら関係者の一部が見えてくると思います。


 人々が漫然と新聞やテレビの報道番組を見たり、またネットで配信される各種のニュースを見ているだけでは、こういった類の情報に触れる事はありませんし、一つひとつの事件や事故などは、それぞれ独立した事象に見えてしまうでしょう。また漫然と見ているだけでは、気付く事もそれほど無いと思います。


 私達は決められた情報のみ与えらえ、その思考する範囲も実は限定されているのかもしれません。


 しかし一旦、この世界の仕組みを知ってしまい、また気付いてしまうと、こういった日常に流れている情報の中にある、様々な「断片的な情報」にも気付いてしまう事があります。そしてそこから前後を通して考えていくと、実はこの世界のカラクリというのが「朧気(おぼろげ)」ながらも見えてくる事があります。これは映画の「Matrix」で主人公のネオが「マトリクスの存在」に気付くと同じ事ではないでしょうか。


 日航機123便の事故について、長年に渡りこの事故を追求しているある記者は、この事に付いて興味深い事を述べていました。


「総理大臣が全部取り仕切っているかというとそうでもないと思う。それは一部であって、何かそのもう結論を言うとですね、これは人と言うよりも一つの秩序。秩序であって国益、国益を守るための秩序。結局そういったものが組織として、この戦後日本とうか日本の歴史の中で作られていって、組織としてそれが出来上がっていると。これが末端までわたって我々国民を統制する、情報を管理する一つの国を運営するにあたって、この情報は国民に知らせないとか、この情報はこういう形で、加工してから出すとか、そういう流れが出来ているんですね」


 私達はこの国や社会の仕組みを「国会」「行政府」「立法府」「三権分立」「法治国家」「民主主義国家」と様々教えられてきたのですが、表向きのこういった国の形を動かしている「幕間の脚本家」は存在し、実はその人達が書いた脚本通りに動いていて、時には学校で教わった常識とは異なる動きすら平気でしているのです。

 そしてこれは何も日本国内に限定された仕組みではなく、世界的には世界規模で、同様な仕組みや構造がある様に思えるのです。


 全てを知る事が幸せとは限りません。できれば知らないで居た方が良いと思える事も多くありますし、そもそもこういう情報の周囲には「瓦礫の様な嘘情報」もまかれているので、気を付けないと、あらぬオカシナ方向に誘導されてしまう危険性も大きく孕んでいたりします。


 しかし自分の人生を自分で考えていきたいというのであれば、やはりこういう「Matrix」について、常に意識して生きていく必要があると、私なんかは考えてしまいます。


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